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はじめに

田村善次郎

宮本常一『農漁村調査ノート』15は、昭和26年1月に行った平

郡島の調査ノートである。昭和26年1月24日の夕方5時、東浦に
着き27日の朝9時前には乗船して島を離れているから、3泊2日
の調査ノートである。

平郡島は柳井市に属しているが、これは昭和29年5月に柳井市

に編入されて以来のことで、江戸時代は大島郡平郡島であり、明治

22年の町村制施行に伴って大島郡平郡村となり、一島一村の状態

が昭和29年4月まで続いていた。従って先生の調査時はまだ大島
郡平郡村であった。

平郡島調査の目的等については明確ではないが、その当時行って

いた水産資料収集調査の一環ではなかったかと思う。ご存知のよう

に先生は水産資料保存委員会の調査員として主として瀬戸内海を担

当し、昭和24年の冬から25、26年にかけては積極的に瀬戸内の島
々を歩いて古文書調査と平行して聞書もしている。平郡島では予想

していたほどの成果はなかったのか、もう一度来なければならぬ、

と日記に記している。そして26年には4月29、30日に再び訪ねて
いるが、この時は調査ではなく、柳居さんの選挙応援だったようで

ノートはない。日記で見るかぎり、それ以後平郡島を調査のために

訪れたという記事はない。宮本先生は何回か平郡島を訪ねていると

思われるが、最初が何時であったのか、明確にはわからない。この

後につけられている「平郡島調査日誌」の1月26日の項に「昭和
8年に話をきいた田村仁三郎氏や・・」とあり、昭和8年に平郡島

を訪れて話を聞いたように受け取れるが、そうだとすれば、それは

先生の思い違いであろう。昭和8年の日記には平郡島に渡ったとい

う記事はない。宮本先生が平郡島を複数回訪れて調査をしているこ

とは確かであるが、正確に何時、何回かということは知り得ていな

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