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い。

宮本先生の著作の中で平郡島に関連してやや纏まった記事のある

ものは、管見によれば以下の四点である。

『周防大島を中心としたる海の生活誌』(「アチックミューゼ

アム彙報」第11、ア

チックミューゼアム、昭和11年7月)

「平郡島及安下庄浦の村制度」(『大阪民俗談話会記録』第一

集稿本、宮本常一、昭和13年)

「御手舸子と地割」

(『民間伝承』20卷10号、民間伝承刊行会、

昭和31年10月)

『瀬戸内海の研究』(一)(未来社、昭和40年8月)

この他に「エンコ」「ツカミバタラキ」というのが『民間伝承』

第3巻5号(昭和13年1月)の短信欄に載っている。

『周防大島を中心としたる海の生活誌』は昭和10年夏、柳田国

男還暦記念民俗学講習会に上京した際、渋沢敬三に漁村の生活誌を

書くように勧められ、講習会が終わって帰郷後、八月末までの間に

「家の沖の島や、大島の南側の小さい島々も歩いた」。そして、「そ

の秋頃から執筆にかかって、昭和11年の1月すぎには一冊にまと
めることができた」と『民俗学の旅』にある。この時に歩いた島々

の中に平郡島も含まれており、平郡島の調査はこの時が最初ではな

かったかと推測しているのだが、あくまでも推測である。ともあれ

『海の生活誌』中の蛸壺漁の部分は平郡島の蛸壺漁を中心に記述し

ている。なお『海の生活誌』では平郡島の地割や村制度には言及し

ていない。

「平郡島及安下庄浦の村制度」は昭和12年9月19日に行われた

第二九回大阪民俗談話会で行った報告の大意である。次の「御手舸

子と地割」は談話会報告の改訂増補版といってよいものである。今

回翻刻する昭和26年の調査での知見も加えられているが、それほ
ど大幅な改訂ではない。

『瀬戸内海の研究』はよく知られているように、先生の学位論文

で、出版されたのは昭和40年であるが、論文執筆は昭和34年であ

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